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2013/11/13(水) 18:27

五家荘は秋色です!No.2

 

次に向かったのは樅木の吊り橋です。

吊り橋

 以前は児童の通学路などの生活のためのかずら橋だったのが

こんなに立派な吊り橋に・・・・・

幼少時代、大揺れするかずら橋を泣きながら渡っていたのが

昨日の事のように思い出されます。

 

吊り橋2つ

昭和63年に観光用として地元の杉や栗の木を使った2つの

親子橋となっていて、上段にあるのが「あやとり橋」で橋長72m、

高さ35m。下段にあるのが「しゃくなげ橋」で橋長59m、高さ17mです。

今日はあの頃とは違い悠々と渡れました(´∀`*) 

 

次に向かったのは「平家の里」です。

「平家の里」は平家の落人にまつわる伝説や当時の暮らしぶりを

今に伝える資料館です。

平家の里 階段の紅葉

 中に入ってしばらくすると色鮮やかなモミジがお出迎えです。

平家の里 休憩所

係りの方から「ここから映したらいいよ」と言われて一枚・・・・

欄間が額縁になってとてもいい感じです。

平家の里 能楽堂

道なりに登っていくと見事な能舞台が目をひきます。

毎年5月上旬に春祭り、10月下旬~11月上旬に

平家琵琶と夜神楽が行われています。

来年は平家琵琶を聴きたいですね~

平家の里 資料館

能舞台の隣にある「平家伝説館」です。

立派な建物にしばし見とれていました。(何度来ても飽きません)

平家一族の盛衰から、五家荘ゆかりの平家の落人の暮らしなどを

現存する遺品やパネル、模型人形で紹介してあります。

なかでも館内にあるアニメーション「鬼山御前(おにやまごぜん)」

の愛の物語に見入ってしまいました。

 

※以下文献参照

平家の官女、玉虫御前は屋島の戦いに敗れ四国より日向を経て、

弟と共に源氏の追討をさけ、名も鬼山御前と改名し、柿迫村岩奥

にすみつきました。
その頃源氏の追討はきびしく那須与市の弟大八が、平家の残党を

追い求めて、椎葉村まで参りましたが、大八の帰国がおそいので、

那須与市の嫡男を第二の追討に差向けました。那須の軍勢は、

岩奥を通り五家荘へと向かいました。
岩奥に住みついていた鬼山御前は、那須の軍勢の後を追い、

同じ同族の平家を討たせてはならぬとやっとこの地、保口にて追いつき

「この奥は人の住む所ではない、ここに留まって様子を見ては」と引き留め、

那須与市の嫡男と鬼山御前との共同生活が始まり、そのままこの保口で

一生を過ごしたと伝えられます。
(保口の那須家は、その子孫とつたえられる)

 

この奥深い山間で平家と源氏・・・・とはいえ幸せに暮らせた事が

何よりだと思い館をあとにしました。

 

久しぶりに自然の豊かさを感じ、平家の落人伝説に触れ

改めて泉町のよさを実感した一日になりました。

 

 

 

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